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村上教授からのメッセージ

 皆さんは子供のころ、時計やラジオがどのように働いているのか不思議に思い、それらを分解したことはありませんか?(分解したのは良いけど、元通りに組み立てられず、怒られたり、泣いたりしたものです。)その子供の時と同じように、私達は生物を作る細胞の中で起こっていることを知りたいと思っています。そうです、私達の研究の原動力は子供の時と同じ「好奇心」という極めて個人的なものです。そんな子供じみた動機で研究を進めていいのか、人類のため社会のため病気で苦しむ人々のため、といった目的、動機でおこなう研究こそ価値があると思う人もいるかも知れません。

 

私達は好奇心でおこなう研究も、人類社会のために行う研究も等しく重要であると考えています。ニュートンが木から落ちるリンゴから万有引力の法則を発想したのも、何故だろうという好奇心が発端です。私の研究分野だとメンデルの遺伝の法則も子が親に似るのは何故だろうという素朴な疑問が始まりだったのでしょう。これらの好奇心から始まった研究の成果は、工学、医学の分野の発展に大きく貢献しています。


大学には理系の学部がたくさんあります。例えば北大だと理学部、工学部、農学部、薬学部、医学部、獣医学部があります。これらの学部で私の言う「好奇心」を種に研究を行っているのは理学部です。他の学部はその名前が示すように、各領域での「人の役に立つ」研究をおこなっているのです。しかし、最近は理学部の学生でもよく「社会に役に立つ研究」を語ります。もちろん、そのような動機は大切でしょう。しかし、そのような気持ちは、時には研究の発想に「役立つ」という足枷をかけてしまいます。その足枷から解き放たれたときに、新しく突拍子もない発見は生まれることもよくあるのではないでしょうか。そして実際に一見何の役にも立たないような発見や知識が「役に立つ」新しい技術につながってきました。いわゆる「基礎」と「応用」は科学の推進の車の両輪なのです。その意味で理学部が工学部化することに私は一抹の不安を抱いてきました。ですから、理学部に属する私達の研究室では、各メンバーの「好奇心」を中心に据えて研究を進めていきたいと思っています。

私の研究室は理学部の中でも化学科に所属しています。化学科の中では特に生物学に近い位置づけになります。(研究室の名前は歴史的なもので、実際にはいわゆる有機化学に関連した研究はしていません。)しかし、化学は分子を扱う学問ですから、私達の目標「生命を分子のレベルで理解する」からすると、化学科のメンバーであることに不思議はありません。私達は化学が好きとか、嫌いとか、あるいはそのバックグラウンドに関係なく、生命の不思議に魅せられて、あるいは興味をもち、その謎に挑みたいと思う人たちに集まってもらいたいと思っています。広い分野から生命の不思議に対し強い好奇心をもつ人が集まることで研究が発展すると信じているのです。

時計やラジオと比べると、生き物は単純な細菌ですら、人の作りだすどのような器械より精巧かつ複雑で、その設計者も設計図も存在しません。研究すればするほど謎は深まるばかりです。しかも、その謎を解くことは私達自身を知ることでもあるのです。生命の神秘のほんの一部でも自分で解明する喜びを一度でも知ると病みつきになります。そして、一人でもそんな病人を増やしたいと願う今日この頃です。