機能性分子結晶の開発と現象の理解

私たちのグループは分子結晶の研究に取り組んでいます.特に,結晶構造・分子運動・物性の相互関係を理解し,活用することで,機能性材料の開発を行っています.

新しい強誘電結晶-柔粘性/強誘電性結晶-の開発

 強誘電体は自発的な電気的分極を持ち,外部電場の印加により,その分極の向きが反転する物質です.強誘電体は,分極反転だけでなく,熱や圧力によって分極の大きさが変化する焦電性や圧電性など多彩な機能を示します.それらの機能は,不揮発性メモリ・赤外線センサー・圧電素子など様々な用途で活用され,強誘電体は現代のテクノロジーを支える不可欠の電子材料となっています.
 私たちは,柔粘性/強誘電性結晶というユニークな分子性強誘電結晶群を開発しました.この一群の分子性結晶は,室温では強誘電体(強誘電相)となり,高温では柔らかい結晶(柔粘性結晶相)となります.柔粘性結晶相では,分子は等方的に回転し,対称性の高い立方晶系の結晶構造となります.その結果,強誘電性結晶の分極方向は3次元的に分布した様々な方向に変更可能となり,粉末をプレートやフィルム状に固めた多結晶体でも,電場印加により分極方向を揃えて,単結晶に近い分極状態に出来ます.これは従来の分子性強誘電結晶では不可能です.
 また,柔粘性/強誘電性結晶は,高温で加圧すると伸びて拡がるため,粉末から多結晶フィルムを簡単に作製できます.そして,溶液から簡単に薄膜結晶に加工できます.つまり,この柔粘性/強誘電性結晶は,これまでの分子性強誘電結晶の常識を覆し,また,セラミックス強誘電体のような多結晶体での活用,分子性結晶の溶媒可溶性,ポリマーの柔軟性という,従来の強誘電体材料の長所を兼ね備えているといえます.
 現在,私たちのグループでは,この柔らかい分子性結晶を用いて,強誘電性・焦電性・圧電性において高い性能を示す材料開発を行うともに,これらの結晶が示すユニークな振る舞いの仕組みを明らかにすることを目指して研究を行っています.


<主な研究成果>

Directionally tunable and mechanically deformable ferroelectric crystals from rotating polar globular ionic molecules
J. Harada, T. Shimojo, H. Oyamaguchi, H. Hasegawa, Y. Takahashi, K. Satomi, Y. Suzuki, J. Kawamata, and T. Inabe
Nature Chem., 8, 946–952 (2016).

 本研究では,柔粘性/強誘電性結晶の開発に初めて成功しました.ほぼ球形で極性を持つ有機カチオンと四面体型のアニオンからなるイオン性結晶が柔粘性/強誘電性結晶となります.極性カチオンの持つ双極子モーメントが結晶の分極を担い,電場印加により分子の向きが反転することが強誘電性につながります.そして,この結晶は,分子性結晶として初めて多結晶体での強誘電性を実現しました.このような多結晶体での活用は,これまでセラミックス強誘電体以外ではできませんでした.柔粘性/強誘電性結晶は,セラミックス強誘電体とは異なり,溶液加工や柔軟に変形する展延性を利用した加工も可能です.この研究の発表以来,私たちのグループだけでなく,他の研究グループからも,類似した分子性強誘電結晶が数多く報告されるようになっています.



Plastic/Ferroelectric Crystals with Easily Switchable Polarization: Low-Voltage Operation, Unprecedentedly High Pyroelectric Performance, and Large Piezoelectric Effect in Polycrystalline Forms
J. Harada, Y. Kawamura, Y. Takahashi, Y. Uemura, T. Hasegawa, H. Taniguchi, and K. Maruyama
J. Am. Chem. Soc., 141, 9349-9357 (2019).

 本研究では,性能が高く,また,様々な用途で活用しやすい柔粘性/強誘電性結晶を開発しました.この結晶は,分極反転に必要な電場が非常に小さいため,比較的厚いペレットでも簡単に分極反転できますし,薄膜結晶を作製すれば低電圧での分極反転が可能です.また,柔粘性結晶に特有の,押すと伸びて拡がる性質(展性)に優れ,粉末を加圧するだけで,透明なフィルムやペレットを簡単に作製できます.さらに,この強誘電性結晶は高い焦電性を示し,室温付近での電圧応答焦電性能指数が多結晶材料として最高の値を示します.これらの特性から,この結晶は,低電圧で駆動するデバイス材料や人体検知に広く使われる赤外線センサーなど,様々な用途での応用が期待できます.

電荷移動錯体結晶中の分子回転と誘電機能

 ベンゼンのような円盤型の分子が結晶中で面内回転運動を行うことは,古くから知られています.しかし,結晶中での分子の振る舞いは,分子の形状だけでなく,結晶中の周辺分子に大きく影響されます.そのため,似たような構造を持つ分子でも,結晶構造・結晶内の環境が異なると,その振る舞いは大きく異なります.その予測・理解・制御は容易ではありません.
 私たちは,円盤型の極性分子をドナーあるいはアクセプタとする電荷移動錯体結晶(CT結晶)を作製し,その結晶構造・分子運動・誘電性の関係を調べています.一般に,弱い電荷移動相互作用を持つドナー分子とアクセプタ分子は,結晶中で両分子が交互に積層したカラム構造を形成します.私たちは,極性分子がCT結晶のカラムの中に組み込まれると,単一成分結晶では見られなかった面内回転運動が起こり,誘電応答を示すようになることを見出しています.そして,分子回転のON/OFFおよび分子配向の秩序-無秩序化に由来する相転移を示すCT結晶も得られています.
 このようなCT結晶は,極性分子が回転して相転移を示す点で,柔粘性/強誘電性結晶と共通しています.柔粘性結晶中では球形分子が3次元的に回転するのに対し,このCT結晶中では円盤型の分子が2次元的に回転するため,その現象は単純化されているといえます.そこで,このような極性分子からなるCT結晶を対象に研究を行い,機能性結晶としての開発を進めるとともに,極性分子の回転・分子配向秩序-無秩序化・相転移という,柔粘性/強誘電性結晶と共通する現象について理解を深めることを目指しています.


<主な研究成果>

Molecular Motion, Dielectric Response, and Phase Transition of Charge-Transfer Crystals: Acquired Dynamic and Dielectric Properties of Polar Molecules in Crystals
J. Harada, M. Ohtani, Y. Takahashi, and T. Inabe
J. Am. Chem. Soc., 137, 4477–4486 (2015).

 この研究では,大きな双極子モーメントを持つ円盤型の分子であるテトラブロモフタル酸無水物(TBPA)に着目しました.TBPAは単一成分結晶中では分子回転を行わず,極性分子の回転に由来する誘電応答も見られません.つまり,TBPAのもつ大きな双極子モーメントは結晶の誘電性にはつながりません.
 TBPAはアクセプタ性を持つ分子であり,コロネンやペリレンのようなドナー性を持つ芳香族炭化水素とCT結晶を形成します.そこで,これらのCT結晶の単結晶を作製し,温度可変X線結晶解析と誘電率測定を行ったところ,TBPAはCT結晶中で面内回転運動を行い,その結晶は配向分極に由来する誘電応答を示すことが分かりました.また,CT結晶の中には,TBPA分子の配向の秩序-無秩序化に由来する相転移を示すものがあり,相転移により誘電率が大きく変化することも分かりました.今回示した結晶設計の手法は汎用性が高く,多くの円盤型極性分子に適用可能です.

共同研究

 私たちのグループは,国内および海外の他大学・研究機関・企業の方々と共同研究を行っています.特に,柔粘性/強誘電性結晶に関する共同研究のご提案などありましたら,メール(junharada[at]sci.hokudai.ac.jp宛て)にてご連絡下さい.


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