固溶体作製による柔粘性/強誘電性結晶の機能チューニング

Solid Solutions of Plastic/Ferroelectric Crystals: Toward Tailor-Made Functional Materials
J. Harada, M. Takehisa, Y. Kawamura, H. Hasegawa, and T. Usui
J. Am. Chem. Soc., 146, 21176-21185 (2024).


 柔粘性/強誘電性結晶は,粉末を押し固めるだけで透明な強誘電性フィルムやディスクを簡単に作製できる,従来の材料にはない特性を持っています.そのため,現在広く用いられているセラミクス強誘電体などとは異なる用途での応用も期待されています.しかし,実用化に向けた材料開発においてカギとなる,特定の用途に合わせて機能をチューニングする方法が確立されていませんでした.
 本研究では,2種類の柔粘性/強誘電性結晶を,任意の割合で均一に混ぜ合わせた固溶体(混晶)を作製することに成功しました.これにより,強誘電相と常誘電相との間の相転移温度(キュリー温度)を100 Kの温度範囲にわたって,連続的に自由に変更することが可能となりました.強誘電体が機能する温度範囲はキュリー温度により決まります.更に,特定の温度における強誘電体の性質もキュリー温度により大きく影響されます.今回,固溶体作製によりキュリー温度を調整することで,柔粘性/強誘電性結晶の示す焦電性(温度により分極が変化する性質)のチューニングに成功し,室温での焦電性も大幅に向上しました.
 今回開発した固溶体作製の手法は,他の柔粘性/強誘電性結晶にも適用可能で,用途に合わせたオーダーメイドの材料開発による実用化に向けて,大きな一歩を踏み出したといえます.
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融解加工可能な疑似柔粘性強誘電性結晶

Ferroelectric Ionic Molecular Crystals with Significant Plasticity and a Low Melting Point: High Performance in Hot-Pressed Polycrystalline Plates and Melt-Grown Crystalline Sheets
J. Harada, H. Takahashi, R. Notsuka, M. Takehisa, Y. Takahashi, T. Usui, and H. Taniguchi
Angew. Chem. Int. Ed., 62, e202215286 (2023).


 テトラフルオロホウ酸グアニジニウムは,三角形の有機カチオンと四面体型のアニオン,いずれも無極性のイオン性分子からなる結晶です.その単結晶は,強誘電性を示すことが知られていました.この結晶は,高温で固相−固相転移を経ずに融解するため,柔粘性結晶には分類されません.本研究では,この結晶が疑似的な柔粘性強誘電性結晶であり,融解加工により大面積の板状単結晶を作製できることがわかりました.
 この化合物には柔粘性結晶相はないものの,その結晶は,ほぼ立方体の単位格子を持つ疑似的な立方晶系の結晶構造をとります.そのため,他の柔粘性/強誘電性結晶と似たような性質を示すことが分かりました.つまり,結晶の分極軸の方向を電場印加で変更可能(多軸性の強誘電性)であり,高温で顕著な展性(結晶を押すと延びて広がる性質)を示します.そのため,この結晶の粉末を高温でプレス加工すると,透明な多結晶体プレートが得られ,それが高い強誘電性と焦電性・圧電性を示します.特に,この多結晶体プレートは,小分子強誘電性結晶の多結晶体として,これまでに報告された中で最大の自発分極を示しました.また,この化合物はイオン性結晶としては比較的融点が低いため,融解加工により,粉末試料から大面積の板状単結晶を作製することもできます.この試料は,安価で,大量に合成可能ですので,バルク材料としての様々な用途での活用が期待できます.



歪んだ分子配列をもつ柔粘性/強誘電性結晶

Plastic/Ferroelectric Crystals with Distorted Molecular Arrangement: Ferroelectricity in Bulk Polycrystalline Films through Lattice Reorientation
J. Harada, M. Takehisa, Y. Kawamura, H. Takahashi, and Y. Takahashi
Adv. Electron. Mater., 8, 2101415 (2022).


 本研究で開発した柔粘性/強誘電性結晶は,球に突起(メチル基)がついた極性カチオンと正八面体構造のアニオンから構成されています.このカチオンは球形から歪んだ形をしているため,327 K以下の強誘電相では,カチオンとアニオンの配置が対称的なCsCl型構造から大きく歪んでいます.一方,327 K以上の柔粘性結晶相では,分子が等方的に回転し,対称的な立方晶系の構造をとります.
 粉末試料を100℃で加圧して得られた透明な多結晶フィルムを用いて,分極-電場相関測定を行ったところ,強誘電体に特徴的なヒステリシス曲線が得られました.分極反転に必要な電場(抗電場,140 kV/cm)が大きいのは,歪んだ結晶構造によるものと解釈できます.
 また,多結晶フィルムに電場を印加する前後で粉末X線回折測定を行うと,電場印加により回折パターンが変化することがわかりました.この結晶は,強誘電相での分子配列が大きく歪んでおり,粉末回折パターンでは立方晶系なら等価となる反射が大きく分裂しています.これら分裂したピークの強度が電場印加により変化したことは,結晶の分極軸の向きが変わったことを示しています.柔粘性/強誘電性結晶の多結晶体で分極軸の方向が変わったことを実験的に示したのは,これが初めてです.




柔粘性/強誘電性結晶:バルク多結晶体での活用

Plastic/ferroelectric molecular crystals: Ferroelectric performance in bulk polycrystalline forms
J. Harada
APL Mater., 9, 020901 (2021).


 私たちのグループが開発した柔粘性/強誘電性結晶は,高温相の柔粘性結晶相に由来する,いくつかのユニークな特長をもっています.柔粘性結晶は分子結晶としては極めて例外的に,対称性の高い立方晶系の構造をとります.そのため,柔粘性/強誘電性結晶は,多軸性の強誘電性を示します.また,通常の分子結晶は押すと粉々に砕けますが,柔粘性結晶を押すと,ワックスのようにのびて拡がります.そのため,柔粘性/強誘電性結晶は,粉末を加圧するだけで,簡単に透明なバルク多結晶体(プレートやフィルム)を作製できます.これらの特長が,分子性結晶として初めてのバルク多結晶体での強誘電性発現につながっています.
 本総説では,柔粘性/強誘電性結晶について,他の研究グループの成果も含め,特にバルク多結晶体としての機能に関する研究を中心に概説しています.


分極反転の容易な柔粘性/強誘電性結晶

Plastic/Ferroelectric Crystals with Easily Switchable Polarization: Low-Voltage Operation, Unprecedentedly High Pyroelectric Performance, and Large Piezoelectric Effect in Polycrystalline Forms
J. Harada, Y. Kawamura, Y. Takahashi, Y. Uemura, T. Hasegawa, H. Taniguchi, and K. Maruyama
J. Am. Chem. Soc., 141, 9349-9357 (2019).

 本研究では,性能が高く,また,様々な用途で活用しやすい柔粘性/強誘電性結晶を開発しました.この結晶は,分極反転に必要な電場が非常に小さいため,比較的厚い多結晶ペレットでも簡単に分極反転できます.一方,薄膜結晶を作製すれば低電圧での分極反転も可能です.また,この結晶は,柔粘性結晶に特有の押すと伸びて拡がる性質(展性)に優れ,粉末を加圧するだけで,透明なフィルムやペレットを簡単に作製できます.さらに,この強誘電性結晶は高い焦電性を示し,室温付近での電圧応答焦電性能指数が多結晶材料として最高の値を示します.これらの特性から,この結晶は,低電圧で駆動するデバイス材料や人体検知に広く使われる赤外線センサーなど,様々な用途での応用が期待できます.
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配向変化する極性分子を含む電荷移動錯体結晶:誘電性と秩序-無秩序相転移

Crystals of Charge-Transfer Complexes with Reorienting Polar Molecules: Dielectric Properties and Order–Disorder Phase Transitions
J. Harada, N. Yoneyama, S. Sato, Y. Takahashi, and T. Inabe
Cryst. Growth Des., 19, 291-299 (2019).


 極性をもつテトラクロロフタロニトリル(TCPN)をアクセプタ,非極性芳香族炭化水素(ペリレン,コロネン,クリセン,ピレン)をドナーとする電荷移動錯体結晶(CT結晶)を合成しました.単結晶X線構造解析の結果,すべてのCT結晶において,TCPN分子が室温で分子配向に関する乱れ(配向無秩序性)を示すことが分かりました.TCPN分子は,結晶中で,最大で6つの異なる配向をとることが確認できました.
 これらのCT結晶は,極性分子が異なる配向を行き来するため,配向分極による大きな誘電率を示します.いくつかのCT結晶は,温度を低下させると秩序-無秩序型の相転移を経て,TCPN分子の配向が秩序化した低温相となります.これにより,室温で大きな誘電率を示し,冷却すると秩序-無秩序相転移に伴い,結晶の誘電率が劇的に低下します.
 この研究も,極性分子からCT結晶を形成することが,相転移に応じて誘電性が大きく変化する結晶の開発に有効であることを示しています.今回合成したCT結晶は強誘電結晶ではありませんが,強誘電性を示すために必要な極性構造をもつ焦電性結晶も得られています.今後,極性分子をアクセプタとするCT結晶をさらに探索することで,強誘電性や反強誘電性を示す結晶の開発が期待されます.



柔粘性結晶の自立多結晶フィルムが示す強誘電性と圧電性

Ferroelectricity and Piezoelectricity in Free-Standing Polycrystalline Films of Plastic Crystals
J. Harada, N. Yoneyama, S. Yokokura, Y. Takahashi, A. Miura, N. Kitamura, and T. Inabe.
J. Am. Chem. Soc., 140, 346-354 (2018).


 本研究で開発した柔粘性/強誘電性結晶(四塩化鉄(III)テトラメチルアンモニウム(1)および一臭化三塩化鉄(III)テトラメチルアンモニウム(2))は,正四面体に近い構造を持つカチオンとアニオンからなる同形結晶です.これらはいずれも,高温で柔粘性結晶,室温付近では強誘電性結晶となります.化合物1および2は,無極性あるいはほぼ無極性のイオンからなるイオン性分子結晶ですが,強誘電相では,両イオンが対称的なCsCl型構造の配置からズレた結晶構造をとります.このズレにより自発分極が発生し,そのズレの向きが電場印加で反転することで強誘電性を示します.
 柔粘性結晶の示す展性のため,12の粉末を高温相で加圧すると,容易に半透明の自立多結晶フィルムが得られます.そして,それらのフィルムが強誘電性および大きな圧電性を示します.このことは,柔粘性/強誘電性結晶が圧電材料としても有望であることを示しています.
 化合物1のように,極性を持たないイオンの組み合わせによるイオン性分子結晶は非常に多く存在します.このような化合物でも柔粘性/強誘電性結晶となることが確認されたため,今後,多くの柔粘性/強誘電性結晶の開発が期待できます.




柔らかい結晶相をもつ分極自在な強誘電性結晶

Directionally tunable and mechanically deformable ferroelectric crystals from rotating polar globular ionic molecules
J. Harada, T. Shimojo, H. Oyamaguchi, H. Hasegawa, Y. Takahashi, K. Satomi, Y. Suzuki, J. Kawamata, and T. Inabe
Nature Chem., 8, 946–952 (2016).


 本研究では,柔粘性/強誘電性結晶の開発に初めて成功しました.ほぼ球形で極性を持つキヌクリジニウムイオンと四面体型で無極性の過レニウム酸イオンからなるイオン性結晶が柔粘性/強誘電性結晶となります.極性カチオンの持つ双極子モーメントが結晶の分極を担い,電場印加により分子の向きが反転することが強誘電性につながります.この結晶は,分子性結晶として初めて多結晶体での強誘電性を実現しました.
 このような多結晶体での活用は柔粘性/強誘電性結晶の最大の強みで,これまでセラミックス強誘電体以外では不可能でした.柔粘性/強誘電性結晶は,セラミックス強誘電体とは異なり,溶液加工や柔軟に変形する展延性を利用した加工も可能で,様々な用途での活用が期待できます.
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極性分子を組み込んだ電荷移動錯体結晶:分子運動,誘電応答,および相転移

Molecular Motion, Dielectric Response, and Phase Transition of Charge-Transfer Crystals: Acquired Dynamic and Dielectric Properties of Polar Molecules in Crystals
J. Harada, M. Ohtani, Y. Takahashi, and T. Inabe
J. Am. Chem. Soc., 137, 4477–4486 (2015).


 大きな双極子モーメントを持つ円盤型の分子であるテトラブロモフタル酸無水物(TBPA)は,単一成分結晶中では分子回転を行わず,極性分子の回転に由来する誘電応答も見られません.つまり,TBPAのもつ大きな双極子モーメントは結晶の誘電性にはつながりません.
 TBPAはアクセプタ性を持つ分子であり,コロネンやペリレンのようなドナー性を持つ芳香族炭化水素とCT結晶を形成します.そこで,これらのCT結晶の単結晶を作製し,温度可変X線結晶解析と誘電率測定を行ったところ,TBPAはCT結晶中で面内回転運動を行い,その結晶は配向分極に由来する誘電応答を示すことが分かりました.また,CT結晶の中には,TBPA分子の配向の秩序-無秩序化に由来する相転移を示すものがあり,相転移により誘電率が大きく変化することも分かりました.今回示した結晶設計の手法は汎用性が高く,多くの円盤型極性分子に適用可能です.


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